パニック障害克服、脱デパス日記

29歳でパニック障害になり、約10年間ほど症状に悩まされておりました。その間、デパス、トフラニールなどの薬を常用しておりましたが、10年ぐらいかけ、断薬に成功しましたので、パニック障害に悩める方のご参考になればと思います。

パニック障害になったきっかけ

29歳のころ、約11年前に初めてパニック発作が起きました。

それから約10年ほどは病院に通い、薬での治療をずっとしていました。

やっと、薬を全く飲まない生活ができるようになったので、

それまでの経緯や、断薬・改善に効果のあった方法をご紹介していきたいと思います。

少しでもお役に立てれば幸いですが、個人差があることなので、主治医のいうことを守りながら、無理せず、自分のペースで、過ごされるのがよいと思います。

焦る必要は全くなく、いつかは治る病気だと、気楽に、気長に、構えていれば大丈夫だと思います。

 

そうは言ったものの、はじめてパニック発作が起きた時は本当に焦りました。

忘れもしない、東京ディズニーランドでのことでした。

朝からあまり体調はよくなく、少し風邪気味っぽい、寝不足という感じもありましたが、久しぶりの大好きなディズニーランドでしたので、予定は変更せず、楽しもうとはりきっていました。

いつものことながらとっても混んでいましたが、3月だからか学生さんが多く、とても騒がしいという印象です。

園内を20~30分ほど歩いているうちに、その人込みと騒がしさが、とても耳障りというか、気持ち悪くなってきました。それでも我慢をして歩いていたら、突然動悸が始まり、心臓がバクバクとして、めまいのような、脳がぐるぐるするような、今まで感じたことのない恐怖感に襲われました。とにかく恐怖です。

なんだこれは、という感じで、脳の障害か、重大な病気、死ぬかもしれないとさえ思いました。

立っていることも困難になり、その場にうずくまり、しかし騒音が耳障りで、トイレの方までなんとか行き、少し座って安静にしていたら激しい動機は治まりました。

座って休みながら、なんとか出口の方まで行って、その日はもう帰りました。

一緒に行った彼氏は、何がなんだかよくわからないという感じでしたが、帰りの車ではずっと泣いてしまいました。。

 

1日経ったら何ともなく、昨日の恐怖は何だったのか、、というぐらいでした。

しかし、バイトへ行くため電車に乗っていたら、またあのときと同じような、ドキドキする感じ、恐怖感が襲ってきました。けれどその日は何とか、やり過ごせました。

次の日も、まあ疲れてたのかな、、という感じで電車に乗ったら、今度は、本当にいても立ってもいられないほどの恐怖感、心臓ばくばくがやってきて、呼吸も苦しくて、次の駅までの3分がとっても長く、やっとの思いで電車を降り、トイレへ駆け込みました。

これはもう電車に乗ることすら恐怖となり、早く家に帰りたくて、家までは結構距離がありましたが、タクシーに乗ることにしました。

しかし、タクシーの中でもバクバクが治まらず、たとえようのない恐怖感がずっと続いていました。タクシーの中、寝ころびながら、ただじっと恐怖感に耐えていたことをよく覚えています。。

 

家についたころには、心臓は治まり、恐怖感もなくなっていました。。

何だったんだろう。。という感じでしたが、バイトは少し休ませてもらうことにしました。とある日、テレビを見ていたら、お笑い芸人の中川剛パニック障害だったという番組があり、まさしく症状が一緒だ!と思い、自分はパニック障害なんだと思いました。そのころは今ほど、パニック障害が有名になっていませんでした。なんでもネットで調べるという習慣もないころでした。

しばらくしてから病院に行くことにしましたが、久しぶりに外へ行くのに、また恐怖感が募り、ついにその日は、病院へ行けませんでした。

病院に行くのもままならず、家に引きこもるようになり、ついにはスーパーへ行くことさえも恐怖になるようになりました。人が多くいる場所は、完全に避けるようになりました。

比較的気分が落ち着いていると感じた日に、一緒に住んでいる彼に、車で病院へ連れていってもらうことにしました。診療内科に行って、パニック障害だということになり、薬を処方してもらいました。

セパゾン0,5g、トフラニール5g、頓服でソラナックス0,5gだったと思います。

 

はじめのうちは薬が効いているのかは、正直よくわかりませんでした。

症状が出るような場所に行くことを避けていましたが、スーパーに買い物へ行くぐらいはできるようになりました。

しかし恐怖感がすっかり消えることはなく、たまにバスに乗ってみても、結局心臓がバクバクしてきて、途中で降りては、歩いて家へ帰るなどもありました。

 

半年間ほどは、まったく家の近くからは出ず、半引きこもり状態だったと思います。

友達に会うこともできず、泣いてばかりの日々でした。

このままこの病気がよくならなかったらどうしよう、大好きな海外旅行にも行けず、このまま自分はこんな人生で終わるのか...と思ったりしていました。

一緒に住んでいる彼には、私の気持ちはわかってもらえず、怠け者のような感じで思われてたと思います。もともと精神的に弱い感じだったので、そういうのが関係しているのだろうとも思っていました。

 

しかし、泣いてばかりいても仕方がないと思い、思い立って、荒れていた庭の雑草を取り、掃除をし、芝生を植え、花壇を作り、花を植えたりしていました。今思うとそれは、とても治療の一環として良かったように思います。心も安定してきたし、近所の人が話しかけてくれたり、ということもありました。

 

パニック障害についての本はあまりなかったため、うつ病に効くようなことをやっていました。

光を浴びる、牛乳を読む、笑うようにする、土いじりをする、リズム運動をする、etc...

劇的な変化はなかったものの、しばらくは大きな発作にはならなかったと思います。

とにかくあの恐怖感を脳に刷り込むことは避けるようにしました。

 

これは本当にパニック障害初期のころ。。

始まってから半年ぐらいのことですが、このころの症状が一番ひどかったです。

そのあとは徐々によくなっていきました。

私は幸いにも一緒に住んでいる彼氏がいて、毎日働かなくては生きていけない状況ではなかったので、そんな気長な生活ができのだとは思います。

しかし、その1年後ぐらいに、一緒に5年も住んでいたいたその彼と別れることにいたしました。

パニック障害のせいではないけれど、彼との関係はうまくいきませんでした。

冷たくドライな彼でしたが、バスに乗る練習をしていたとき、後ろから車でついてきてくれたことを今でも覚えています。とっても嬉しかったです。

今思えば、彼にはおんぶにだっこで、相当な負担をかけていたことでしょう。